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第5話 天馬敗れる
“テンポイントが不動の柱”という皐月賞前の声とは対照的に、ダービー前の下馬評はトウショウボーイ一色にぬりつぶされていた。
「果たしてどのような勝ち方をするのか?」
皐月賞における圧倒的な強さから、トウショウボーイのダービー制覇はもはや既成事実となっているような雰囲気すら漂っていたのである。そして報道陣は、一躍時の人となった池上昌弘に殺到した。
「とにかく凄い馬です。こんな大物は、今まで見たことがありません」
当時28歳に過ぎなかった池上の口から出る言葉は、天馬への賛辞ばかりであった。
しかし、きたるダービーに向けて全く不安がなかったわけではない。年明けにデビューし、4勝しかこなしていないというキャリア不足が一抹の不安を残していたのである。
「キャリアを積んでいないせいか、馬が若いので、他馬に寄られるとひるむところがあるんです」
若い池上は、インタビューでポツリと本音を漏らしている。
それが、決定的な致命傷になってしまったのだ。
大本命トウショウボーイは、天賦のスピードを誇示するかのように逃げた。もっとも、意識的に逃げたのではなく、行く馬がいなかったので、押し出される形でハナを切る展開になったというべきであろう。
それでも、トウショウボーイは十分な余力を残し、府中の坂を駆け上がってゆく。無敗の2冠制覇は目前まで来ていた。
昭和51年5月30日「日本ダービー」(東京芝2400)押される形でハナを切る展開になったトウショウボーイは、十分な余力を残し、府中の坂を駆け上がった。ところが、ラストスパートをかける直前、一旦息を抜いたところに、京成杯の覇者クライムカイザーに忍び寄られ、ゴールでは1馬身半の差をつけられ敗退。
ところが、ラストスパートをかける直前、一旦息を抜いたところに、京成杯の覇者クライムカイザーが忍び寄ってきた。まるで、トウショウボーイに突進してくるかのような感じである。そのとき、池上が漏らしたとおり、トウショウボーイは一瞬ひるむところを見せた。そんな虚を突いて、クライムカイザーはスルスルと伸びて行く。トウショウボーイは、再び馬体を立て直して盛り返す脚を見せたが、すでに大勢は決していた。
奇襲作戦に成功したクライムカイザーは1馬身半だけ先にゴールを通過した。加賀は、池上が喋った天馬の弱点を活かすレースを、寸分違わずにやってのけたのである。
クライムカイザーの鞍上は“闘将”と呼ばれていたベテラン加賀武見であった。ライバル陣営がわざわざ弱点を教えてくれたのだから、それを活用しないはずがない。恐らく加賀は、池上のコメントを聞いてほくそえんでいたことだろう。百戦錬磨の老獪なジョッキーは、転がり込んできた幸運を見逃すほどお人好しではないのだ。ちなみに、このクライムカイザー、負けるはずのないスーパーホースを破ったこと、すなわち、勝ってはいけない馬に勝ってしまったことから、自身の名をもじられ、“犯罪皇帝”と呼ばれることになる。
一方、トウショウボーイ陣営にしてみれば、実力負けでないことがあまりにもはっきりしていただけに、ホゾを噛む思いであったろう。
「ダービーは運のある馬が勝つ……」
保田隆芳は、昔から使い古されているその言葉を反芻(はんすう)した。と同時に、トウショウボーイの運のなさを嘆かずにはいられなかった。確かに、勝利の女神はトウショウボーイからソッポを向いたというべきであろう。
池上昌弘は、トウショウボーイを「まだ若い」と評していた。けれども、本当に若さが抜けていなかったのは、余計なことをペラペラと喋ってしまった池上自身のほうだったのである。
距離延びてフジ真価/菊花賞
2005年10月19日(水) 8時52分 日刊スポーツ
<菊花賞>
アドマイヤフジは皐月賞5着、ダービー4着と潜在能力の高さを見せている。最後の1冠は3000メートル。フジにとって長丁場がプラスになる。母アドマイヤラピスは、97年の6歳時にステイヤーズSで2着に好走。ほかにも2500メートルのセプテンバーS、3000メートルの嵐山Sを連勝している。加えて橋田師が「もう少し走る気を出してくれればと思うほど、のんびりとした気性」と語るように距離適性は高い。
状態面でも休み明けのセントライト記念(4着)を使ってグッと上向いてきた。「精神的に強い。1回使って良くなってきた」と師は語る。あん上には、今年絶好調の福永騎手を迎える。先週の秋華賞はラインクラフトに騎乗しエアメサイアに首差敗れた。今週はディープインパクトに乗る武豊へのリベンジに燃える。父アドマイヤベガは鋭い決め手を武器に99年のダービーを奪取した。母からの距離適性とブレンドされた素質が花開く。
[ 10月19日 8時52分 更新 ]